蚊蜻蛉おやじの影撮り草子 かとんぼ

か弱くも空を飛ぶ蚊蜻蛉(かとんぼ)オヤジがあっちこっちで撮った写真をアップしています。(管理人:TAAさん = KATOMBO-OYAJI)

2013年08月

雨に打たれる石塔群と石仏たち(その2)・・・多田来迎寺/奈良市(都祁)来迎寺町 | Nikon1

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神社ではあまり「死」ということについて考えないけれど、そういってお寺で考えるかというとそうでもない。

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でもお寺さんは神社より「死」について関わりがある。ここは鎌倉室町時代の有力者関係のお墓というが、こうして宝塔(墓石)に囲まれているとなんだか亡くなられた方々と世間話でもしたくなろうというものだ。

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最近室町幕府の権威が落ちてきたとか、民主党は個人個人は立派な方もおられるけど、党になったら全然だめねとか。

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そんなことを考えていると、室町の将軍と安倍総理は世間話的には同格であり、また時代は違うけど日本サミット度からみれば同じようなもんだということになる。

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たまには室町時代の人たちと話をしてみるものだね。それに、「死」がもっと身近で「生」がもっと大事な時代の人と話すのは今の時代とっても有意義じゃないか。

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平和な世の中だとどうしてもお墓に近いのは我々年寄りだが、ここに並ぶお墓は寿命をまっとうした人はどのくらいの割合なんだろう。


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こんなことを考えるのは、やっぱり自分はお墓に近づいてきたからなんだろうか。ちなみに、自分は墓なんぞに入りたくないので、墓に入れたら化けて出るとかねがね言っている。

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千の風にはなれないので、千の灰に散って千人の人たちに吸い込まれタンと一緒に吐き出されるということを繰り返すのではないだろうか。おお一つの地獄絵図じゃ。

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一人寂しい墓地の中で写真を撮っていると下らんことを考えてしまうものだ。ともあれ古い墓地は良いものだ。静かにお眠りの皆さんにはご迷惑だろうが、またお邪魔したら付き合ってほしい。
PHOTO:ニコンNikon1 J1 + 1NIKKOR 18.5mm f1.8, 10mm f2.8, FT1+AF-S DX 35mm f1.8
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雨に打たれる石塔群と石仏たち(その1)・・・多田来迎寺/奈良市(都祁)来迎寺町 | Nikon1

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奈良市内・・・なんだけど、奈良市も意外に広くて2005年に山辺郡から編入されたここ都祁(つげ)までやってくるのに市内からクルマで一時間ほどかかりました。

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めったの乗らないクルマだけどこの土曜日は雨模様。日曜日も続いて雨らしく、二日もウダウダしてるのもなんなんでやってきました。お寺の名前としてよくある来迎寺だけど、特にここが有名かどうか知りません。(↑向坂と書いてある寺近くの石標)

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↑雨で石段が光っています。多少の雨であれば深い木々が傘になってくれますが、この日の雨はそうはいきませんでした。(↑右端は下馬石) でも、なんかひなびた感じがかなりステキなお寺です。

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お寺に登る石段の脇には↑↓こんな古びた石仏が雨に打たれています。もう色づいている稲田に囲まれた小山にある来迎寺、雨と風の音しか聞こえません。

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気味が悪いんじゃないの?と聞く人もいますけど、薄暗い雨の中で石仏の前にしゃがんで一心にシャッター押してるオヤジの方が不気味でしょう。

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まあ、こういう写真をアップしていても共感を呼ぶかというそりゃ疑問でありますが、いいじゃん独りよがりで。だって好きなんだもん。

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これ、何気に雨ざらしで風化してはりますけどね、鎌倉時代から室町頃のお地蔵さんですよ、きっと。何か語りかけてくれないかと触ってみますけど、残念ながら何も聞こえません。

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この石仏さんたち、よく見ると優しい顔をしていてね、鎌倉室町の頃って結構楽じゃなかったとは思うけど、それなりに気持ちのやさしい人が彫ったのではないかなぁ・・・と勝手に思っている次第です。ここを去る頃雨が小やみになってきました。
PHOTO:ニコンNikon1 J1 + 1NIKKOR 18.5mm f1.8, 10mm f2.8, FT1+AF-S DX 35mm f1.8
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京田辺で最古の神社建築 白山神社 /京田辺市 | FUJIFILM XF1

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子供を送って行った帰り道に村の神社に立ち寄る。白山神社という初めて訪れる神社、持ち合わせたコンパクトカメラで・・・どういうわけか「ダイナミックモード」で撮影する。

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鳥居には「蛭子大神宮(えびすだいじんぐう)」とあるけど、白山神社と呼ばれているようで建物や灯篭は1400年~1500年代のもののようだ。

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大阪は八百八橋、京都は八百八寺などと言われるけど、奈良京都はホントは八百八社なんじゃないかと思うくらい道を歩けば由緒ある神社にぶつかる。

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もっとも由緒なんて書き連ねたもん勝ちみたいなところはあるけど、年代は確かに古い。

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ところで鳥居に彩色はペンキっぽく本来の「丹」、たとえばキャロットオレンジやパンプキンイエローという野菜系よりも、ペッパーレッドやローズレッドという系統に近い。それもよく見るけど、これらの色の名称でもわかるように、どれも元気が出そうで悪くはないと思うなぁ。

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ところで突然だが、「中国三皇の初代皇帝伏羲」さんってご存知? この方は人の頭で体が大蛇だったそうで、その象形が「首」と「にょろにょろのしんにょう」、でつまり「道」。そうなんだぁ。

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ただ「神道(しんとう)」から連想して調べただけ・・・。「道」といえば橋下さんの道州制のようにエリアを表すことばであったり人生、あるいは正しい生き方みたいな意味。あるいは研鑽する技術、それを越えた精神のようなもの?

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いずれにせよ、人が辿ってる道なんぞ一緒に行かない限りわかるものではないし、理解されることを期待してもしょうがない。ただ、あちこちに道をたどってる人々の姿は見える。とりあえずそんな人たちと同じ方向に向いてる道をたどり始める人もいれば、自分のように田んぼの中にいつまでも立ち尽くしている老人もいる。
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PHOTO: Fujifilm XF1 6.4(f1.8)~25.6mm(f4.9)

吉水神社から金峯山寺蔵王堂へ/吉野山 | SONY NEX-5N

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さて前回の水分神社(みくまりじんじゃ)を出て数百メートルほど道を下っていくと↓おおっ!ここに桜がちりばめてあればよく見る吉野の観光ポスター! 中央部の雲で影ってる所に蔵王堂の大屋根が見える。あそこまで歩くんだなー。

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横川覚範の首塚をすり抜け、竹林院でお庭を拝観し、やってきたのは↓吉水神社。

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↓これ見ると夜眠れなくなるなりそうだけど、自分だけそうなるのは嫌なのでここへ来た人は見てってください。能面です。

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吉水神社は、南北朝時代の南朝後醍醐天皇が居所としたり、頼朝に嫌われた源義経が静御前や家来たちと保護を求めて少しの間滞在したり(↓その部屋)、豊臣秀吉が大挙花見に押し寄せた時に基地にしたりと・・・歴史的に凄い場所なのです。

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いやぁ、ほんの数百年の時空を隔てて、そういう歴史的にメジャーな方々と同じ場所を共有しておるのかと思うと興奮してしまうのじゃ。静御前はやっぱり石原さとみでしょ。

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↑東南院の塔。もっと時代をさかのぼれば、かの女帝持統天皇も吉野フェチらしくあの交通の悪い時代に32回も吉野山に訪れているらしい。でも大海人皇子さんとの辛くも楽しい青春の一ページを過ごした地。強い思い入れがあったんでしょうね。

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本日の吉野ウォーキング、最後の場所はここ蔵王堂。え~、結構疲れたので写真はそこそこで。もう4時前というのに昼飯食ってなかったので、近所の店でパンとジュースを買いました。

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蔵王堂にも神社↓はありまして・・・あ、蔵王堂ってなに?蔵王権現を祀る仏堂とありますな。お寺・・・だったよなぁ。金峰山修験本宗(修験道)の本山。ま、宗教のことはよくわからんですが、そういう事みたいです。

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前回来た時は、何かここでイベントがあったようで全国のお寺さんの方々や、修験者の集団、顔を真っ赤にしてぶっ倒れそうになりながらほら貝を吹く人・・・など賑やかでした。でもこの日は、この山上でも狂ったような暑さ・・・それ以外は穏やかな一日でございました。
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PHOTO:SONY ALFA NEX-5N + SONY E 50mm/f1.8 , SIGMA DN E19mm/f2.8 DN E 30mm/f2.8 ,NIKON AF-S DX NIKKOR 10-24mm f/3.5-4.5G ED, TAMRON SP 90mm f2.8

吉野水分神社(みくまりじんじゃ) /奈良県吉野 | SONY NEX-5N

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近鉄吉野駅を降りてロープウェイに乗り換える。降りたところで30分ほど待つと目立たない色のマイクロバスがやってきた。このロープウェイとバスは「吉野大峰ケーブル自動車株式会社」が運営する。この社名には若干の違和感を禁じ得ないが、従業員のみなさんはまじめに仕事をしていた。

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そのバスに乗り山道を25分ほど登ってった場所が「奥千本口」だ。奥千本というと自分には郷ひろみの「億千万、億千万」という歌声が浮かんでくるのだが、それとはまったく関係がない・・・と思う。千本は桜の樹の話だ。

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そのバス停からジジババを真っ向寄せ付けない悪意すら感じる真っ直ぐな急坂を数分登ると1枚目の写真の金峯神社。その脇からは↑大峰山へ通じる整備された遊歩道が伸びる。ここから30分ほど南へ行ったところに西行法師の庵があったそうだ。

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さて、先ほどバス停まで戻りさらに2Kmほど山道を中千本の方へ下っていくと↑吉野水分神社(みくまりじんじゃ)に辿り着く。ところで先ほどの西行法師だが、↓ここでお会いすることになる。西行についてはよく知らないけど、ググってみて感じるのは「こいつ文才が無ければタダの気まぐれでわがままな野郎」って感じが私にはする。

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「23歳で栄達の道も妻子も捨て、 世俗と決別して出家した西行。 吉野の山に隠棲し、高野山に庵を結び、 生涯の多くを漂泊の旅に費やした。 花を月を歌に詠み、 奔放で自由、そして率直な心象の吐露は、 800余年の時代を超えていまも現代人の心に響く(JR西日本ホームページ)」 確かに響くわ。娘がこういう輩と一緒になると言ったら死んでも止めないとなぁ。

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ところで水分神社は水をつかさどる「天之水分大神(あめのみくまりのおおかみ)」を祀るとある。先日行った大宇陀にもやはり有名な国宝の水分神社があるのだけれど、どちらも山の奥で分水嶺ような場所に会って公共交通主体の自分としては、歩けるうちに徒歩で訪問させていただこう。

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水分は「みまくり」と発音するが、どこぞの慌て者が「みごもり」神社と聞き違えた?ようで、子授けの神としても敬われているらしい。↑↓この殿の中には、その祈願やお礼詣りに奉納したとみられるベイビーなグッズが多くある。

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豊臣秀吉も5000人の家来と吉野の花見を楽しんだことがあるが、この神社にも訪れており、その祈願で秀頼を授かったという。その秀頼が現在の社殿を寄進(1605)したということだ。

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カビ臭ぁ~い匂いがする古ぅ~い神社がマイブームなんだけど、まさにここは最高!・・・だが、こんな気分を共有できる人は多分少ないんだろうなぁ・・・と世の無常を感じ、出家してここ吉野に隠遁したい気分にだんだんなってきた。
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PHOTO:SONY ALFA NEX-5N + SONY E 50mm/f1.8 , SIGMA DN E19mm/f2.8 DN E 30mm/f2.8 ,NIKON AF-S DX NIKKOR 10-24mm f/3.5-4.5G ED, TAMRON SP 90mm f2.8

真夏の断末魔

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真夏の遊歩道をうだうだ歩いていると、突然頭上から悲鳴が聞こえた。
それを悲鳴と呼ぶのかどうか、「ビビーッ!ジジーッ!」・・・蝉の断末魔。古い桜の樹の上で繰り広げられる残酷な生命の営みだ。

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カマキリの力というのはこれほど強いものか? 必死で羽を震わせ逃げようとする蝉をガシッと抱え込みビクともせず、そのままガシガシとかじり始めた。人間は生きながら頭をガシガシ喰われる体験はそうそうできないが、これも自然界では実にありふれた日常なんだろう。

談山神社から飛鳥へ(前篇) 大化の改新ゆかりの「談山神社(たんざん)」/多武峰(とうのみね)

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さて、大化の改新ゆかりの地、多武峰(とうのみね)の談山神社(たんざんじんじゃ)全編なのです。ちなみに後編はもうアップしているので、この記事からのぞいた方は是非そちらもよろしくです。

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桜井駅から一時間に一本(未満)のバスに乗り、談山神社の手前「多武峰」のバス停で降ります。そこには談山神社東大門↓があって、↑乗物から降りろ!という石が置いてあるからです。ジジババじゃないと思う人はここから上り。ましょう。

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ここから10分ほど登れば談山神社社殿がありますが、小川沿いの坂道両側には古い石垣が多く残っていて、往時の壮大さがしのばれます。鎌倉・室町時代、あの強大な興福寺と豪族を巻き込んだ領地争いをずぅっとしていたというから、城郭としても相当立派だったでしょう。

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談山神社は大化の改新クーデタ、
藤原鎌足と中大兄皇子(のちの天智天皇)密談から「談い山(かたらいやま)」と呼ばれるようになった地にたつ藤原一族ゆかりの神社です。

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神社はどこもこの朱で建物を塗ってますけど、なんだかゆでたロブスターみたいで美味そうだ・・・と思う人はまれでしょうか。稀でしょうね。

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境内の奥に、このような遊歩道が作られていて、10分も山道を歩くと茶碗を伏せたようなぽこっとした小山に辿り着きます。遠方の眺望が良いわけではありませんが、周囲に見晴らしの効く凸地の頂上なら確かに秘密は守れそう。

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総社本殿↑を摂社の比叡神社から眺めています。

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↑十三重の塔を本殿側から眺めています。世界唯一木造十三重塔らしいです。13は「満る」という意味もあるようですが2、3、5,7、11、13・・・と続く素数6番目。検索してみると素数2~13重の塔はあるのに、4、8、10重などは日本国内ではなかなか引っかかってこないですね。

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そしてこれ↑が本殿です。拝殿側から見ています。ちなみに談山神社は、鎌足さんの長男が鎌足さんを弔うために開いたのが始まりです。

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これが何十畳もある拝殿(背中側が本殿)。↑向こう側は全部モミジの樹で秋のシーズンには観光客もカメラマンも殺到するので、こんなスカスカな絵は撮れないです。

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東宝庫↑。基本的に神社建築は背中以外は隙が無い(TAAさん談)。どっから撮ってもとっても綺麗なのだ。ちなみにこの朱が色落ちしたり、色抜しけてボロボロだったりするのも神社マイブームな私には何故かそそるのです。

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↑これは恋神社(摂社東殿)。神が宿ると言われている「むすびの岩座(いわくら)」 恋神社は鏡
女を祀りますが、彼女も天智天皇の妃から鎌足さんの正妻になったらしいですが、夫婦仲はいたって良好だったとか。でも「重臣に下げ渡すよ」といわれた当時の女性の気持ちってどんなもんなんですかねぇ。

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あと2,3か月もすれば多武峰はあでやかな紅葉で埋まります。おそらく9月になっても相当残暑が厳しそうですが、もしかしたら突然冬になるかもしれませんが、しっかりと移ろう季節を楽しむことにしましょう。
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PHOTO:SONY ALFA NEX-5N + SONY E 50mm/f1.8 , SIGMA DN E19mm/f2.8 DN E 30mm/f2.8 ,NIKON AF-S DX NIKKOR 10-24mm f/3.5-4.5G ED, TAMRON SP 90mm f2.8

談山神社から飛鳥へ(後篇) 「気都和既神社(けつわき)」/明日香村

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さて、大化の改新ゆかりの地、多武峰(とうのみね)の談山神社(たんざんじんじゃ)を後にして、神社裏手の峠を一気に石舞台へ向け駆け下る。よく考えたら前篇がないが、それは後で考えよう。

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↑談山神社の比叡神社あたり
時刻は午後3時前、峰の西側からはしきりとゴロゴロという低い音が響いて気持ちが悪い。こりゃ降られるな。

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飛鳥石舞台古墳への道は急峻な峰を下る4kmの遊歩道。この道は5,6回目になるが最初の一回は30年前、自転車を担いで下ったっけ。

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空は暗くなり多武峰は黒い雲に覆われる。バラバラと雨が降り始めたので山中の神社で一休み。明日香村の気都和既
(けつわき)神社。

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ここいらは「もうこんの森」と呼ばれて。少し頭皮マッサージをしてみたが「毛根」という意味ではなかった。中臣鎌足が討った蘇我入鹿の生首が鎌足を追いかけたらしいが、「ここまでくりゃもうこんでしょ」というダジャレ落ち的由緒ある森なのだ。

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↑そうそう、本殿を全くとっていないけど、本殿よりこっちの座の方が味わいがあるし・・・何より雨が降っているので思うように撮影できない。ところで↓名産のカキはまだ小さい。幹をグネグネにするのは生産性のためだろうか。

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↓雨上がりの天武・持統天皇陵。公認の皇系古墳はこの画一的な様式でびちっと囲われているが味気ない。皇系と言われていても非公認であったり、他の被征服系領主であったりすると平気で登れたり柿木畑になっていたりする。亡くなっても地上では平等なんかではないのだ。

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ええと、石舞台の手前でザンザン降り。石舞台の休憩所で30分ほど雷雨を避けるがちっとも涼しくならず、熱を十分蓄えた路面はさっきから湯気を発し続けている。まだパラパラ雨降るサウナのような石舞台の公園を抜け3キロ半先の飛鳥駅へ向かう。

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↑いつもの亀石。行きがけ、いや帰りがけの駄賃に撮影。水を飲んでいる亀石には初めてお目にかかった。

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雨雲レーダアプリによれば、この日の雷雨は多武峰当方から湧き出し、石舞台で追い越して、西方大和高田方面へ移動したようだ。ちっとも涼しくならないけど炎天下は避けられた。クズ
の葉っぱ越しに明日香村。
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PHOTO:SONY ALFA NEX-5N + SONY E 50mm/f1.8 , SIGMA DN E19mm/f2.8 DN E 30mm/f2.8 ,NIKON AF-S DX NIKKOR 10-24mm f/3.5-4.5G ED, TAMRON SP 90mm f2.8

桜井からバスに乗って大宇陀へ行く 奈良県大宇陀市松山地区 | SONY NEX-5N

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近鉄桜井駅で下車、多武峰(とうのみね)でも登ろうとバスの時刻を見ればあと2時間しないとバスが出ない。

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ははは、確か三月にやってきた時もおんなじことをやって,諦めて他へ行ったっけ。

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さてと、バス停の時刻表をあれこれ眺めてみると、一時間ほど待てば大宇陀へ行くバスが出るようだ。

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大宇陀へは近鉄榛原駅からの方が便利が良いが、まあ1時間でバスが来るならそれでもよいか。

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発車5分ほど前に小ぶりなバスがやってきて、私ともう一人老人が座る。結局620円の終点大宇陀までこの二人のための貸し切りバスだ。彼女とくればイチャイチャし放題だが・・・どっかの爺さんとイチャイチャする気は全く無い。

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↑蝉が多い。御影石に同化するようなセミさんだ。まるで石に浸み込むような・・・ おおっ!芭蕉の俳句の意味はコレかぁっ!? アホな、蝉が浸み込んでどうする・・・。

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それにしても片手ほどの観光客しか出会わない大宇陀市の松山地区。なんだか得した気分だが、そもそもこんな時期に観光してる方がおかしいのか?

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それにしても暑い。遠慮なくがぶがぶ飲料を摂取!子供の頃、こんなに豊富に自販機はなかったなあ。

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夏休みは一日に10円玉一個もらって、5円のキャンディーをおやつにして5円を貯める。

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3日ごとに、5円玉2個と10円玉で買う20円の高級アイスがTAA少年最大の贅沢だった。

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いつものように脈絡なく最後へ。一人涼をとる神社のベンチにアカネ↑が同席。暑くて死にそうな夏はいつまでも居座りそうな勢いだけど、あーそうだね、季節は行くんだね。
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PHOTO:SONY ALFA NEX-5N + SONY E 50mm/f1.8 , SIGMA DN E19mm/f2.8 DN E 30mm/f2.8 ,NIKON AF-S DX NIKKOR 10-24mm f/3.5-4.5G ED, TAMRON SP 90mm f2.8

石の坂道、石ほとけ 滝坂の道を行く 柳生街道/奈良市 | SONY NEX-5N

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奈良春日山の原生林を抜け石切峠を越え柳生の里に至る柳生街道。

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奈良側から上る道は、森の木々が道を覆い瀬々らぐ川の音を聞きながら登ってゆく涼しげな道、滝坂の道です。

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↑このように、江戸中期奈良奉行が敷設した石畳の街道。勿論当時のハイカーのために作られたものではありません。どんな状況下でも一定量の産物が大消費地奈良へ流れ込むように作られた幹線道なのです。

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街道のところどころ↑こうした鎌倉時代を中心とした石仏???(いきなり難問「寝仏」)が。道側から隠れた方が正面で見落としやすい上に・・・風化してよくわからん・・・あなたには斜めになった仏さんが見えるでしょうか?(クリックで拡大)

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さらに登ると↑「夕陽観音」。おおっ!砂岩の赤茶かそれとも傾いた太陽のせいか・・・夕陽っぽいじゃないですか。

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↑もっと登って「朝日観音」。先ほどの夕陽観音とは向いている方向が違います。じゃあ東向きか。

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朝日観音をよく見ようと少し斜面を登ればすぐ直下の右手に↑このような三体の仏さんがおわします。

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気が付かなんだが、このあたり石畳が数m上の斜面を行くように分岐してます。その道を川上側へ歩いて合流、振り向くと↑先ほどの三体の仏さんから回り込んだ壁面にまたお地蔵さん。

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そして↑これもガイドブックでは仇討の荒木又右エ門が試し斬りしたといわれている首切り地蔵。つか・・・そんな乱暴者? それに刀も大事だしねぇ。

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おまけのなんちゃって滝写真。手持ちなのでこの辺り(シャッター速度1/5秒)が限界か。もっと遅くすると糸のようにサラサラになります。

※このブログの写真はすべて、クリックすると拡大表示いたします。PHOTO:SONY ALFA NEX-5N + SONY E 50mm/f1.8 , SIGMA DN E19mm/f2.8 DN E 30mm/f2.8ほか 滝坂の道「柳生街道」

蚊蜻蛉オヤジの夏休み /山の辺の道から滝坂の道へ

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TAA少年の夏休みは・・・都会の喧騒などとは縁もない田舎のそれなのだけれども、

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騒がしさは無いが決して静かというわけではなかった。

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朝の蝉時雨、日暮れは日暮れで妙に寂しさらさそう蝉の声。田んぼの大合唱。

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藪で鉢合わせる蛇も、小うるさい蚊もハエも、田んぼの水カマキリも・・・

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夏は生命に満ち溢れておった。もちろん今もそうじゃ。

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そんな満ち溢れる生命たちの営みの中で、今年もTAA少年の白い夏は過ぎてゆくのじゃ。

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変わったことと言えば・・・昔はうっとおしくてかぶらなかった帽子を離さなくなったことかのぉ。
今日は滝坂の道(柳生街道)へ向かう。
PHOTO:SONY ALFA NEX-5N + SONY E 50mm/f1.8 , SIGMA DN E19mm/f2.8 DN E 30mm/f2.8ほか 赤乳神社/奈良市白毫寺町

今日も市内は38度 法金剛院から退蔵院(妙心寺)へ

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こう暑いと・・・太陽の光を透かす蓮の葉っぱがどんなにきれいでも

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そういられるものではない。ちょうどウルトラマンと逆で、直射日光にしたでは3分が限界だ。

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熱っ!帆布のカメラバッグに付いている金属の金具が熱い。カメラも熱を持っている

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日陰でも暑いので何とか風の通り道を探してみるが、なんのために外にいるのか分からなくなってくる。

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余裕がないと普段やることもやらなくなり、工夫も移動も粘って時間をかけて・・・もなくなる。

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早くその場を退散することばかり考える。

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おおっ、それって普段の仕事のときの私じゃないの。

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だから良い仕事ができないんだろうね。

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もう一工夫、もう一頑張り・・・って、プラスちょっとみたいな感じで言われるけど、

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あとほんのちょっと・・・そこがさ、けっこう命擦り減らさないとできないとこなんだよね~。
PHOTO:SONY ALFA NEX-5N + SONY E 50mm/f1.8 , SIGMA DN E19mm/f2.8 DN E 30mm/f2.8ほか
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小雨の一休寺/臨済宗大徳寺派 霊瑞山 酬恩庵 | SONY NEX-5N

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最近お出かけもおっくうなので、以前に撮った写真を眺めていたら

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先月撮った一休寺(酬恩庵 京田辺市)の写真が出てきました。

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一休とはあの一休宗純さん。74歳の時応仁の乱を避けてここに移り住んで以来、

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81歳で大徳寺の住職となった後も、ここから京都市北区まで通勤されたそうです。

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自宅に近いので年一回は訪れますが、混雑するのはモミジの季節でしょうか。

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徒歩だと駅から20分ぐらいかかるでしょうか。なので普段は静かであまり人ともすれ違わないですが

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観光バス軍団がくると人が充満して様相が変わります。

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まあ、この日は梅雨の名残でしぽしぽ小雨そぼ降る一日、あまり人もおられません。

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ちなみに「しぽしぽ」という言葉はありませんが、自分的にはしとしとよりもしぽしぽな感じ。

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まあ個人の感覚なのでそんなこたぁどうでもいいか。辞書で調べると「しとしと」も「小雨そぼ降る」も、音もなく雨が降る様子らしく「シトシト」は擬音ではなく擬態語のようです。

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一休宗純さんはアニメ一休さんでもおなじみ、後小松天皇のご子息なので↑御廟の門にはこんなデザインが。

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「世の中は起きて稼いで寝て食って後は死ぬを待つばかりなり」はお得意の一休節のひとつ。

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決して悲観的に言っているのではなく、シンプルな言葉でシンプルな事実を教えてくれてるんでしょうね。
PHOTO:SONY ALFA NEX-5N + SONY E 50mm/f1.8 , SIGMA DN E19mm/f2.8 DN E 30mm/f2.8
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Android写真アプリ「SuperPhoto」 (無料) 

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スマホやタブレットの写真アプリは時々ダウンロードして遊びます。

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やり過ぎるとうっとおしいけど、時々自分の撮った写真をこんな風にワンタッチで

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変換してみると、なんだか全く違うものにみえますね。

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つまらない写真もエフェクトによっては面白い写真に変わります。

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朝八時過ぎのワンコ散歩で大きな暑さダメージをくらって・・・

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今日はそのままエアコンの効いた部屋で昼寝を決め込む。あー午前中も居眠ってたっけ。

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あしたから活動モードに入れるかな。この夏は何とか二回、一日男一人旅にでたいのですけどね。

鞍馬口駅から西へ、朱の鳥居をくぐる道・・・福寿稲荷から建勲神社(たけいさお/けんくん) | SONY NEX-5N

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ここんとこ暑いもんで出足が遅れ、昼飯食ってから京都へ出動。

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あてもなく地下鉄鞍馬口駅で下車。京都から放射状に延びる各地への街道、その出口をXX口とよぶ。

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それらは、鞍馬口、大原口、荒神口(今道の下口)、粟田口(三条口)、伏見口(五条口)、竹田口、東寺口(鳥羽口)、丹波口、長坂口(清蔵口)で、よく京都七口などと呼ばれている。九つあるけど。

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なので鞍馬口駅で降りても鞍馬寺があるわけではなく、鞍馬を通りから北へ抜ける鞍馬街道の関所が、かつてここにあったようだ。

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おやおや七口の説明が長くなったので、写真は上御霊神社にある福寿稲荷(1,2枚目)から織田信長が祭神の建勲神社(3~6)へ。

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建勲神社は船岡山という100mちょっとの丘の上にあり、応仁の乱では西軍西陣の中心になった地域。


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建勲神社の北参道を下り北へ向かうとすぐに鳥居が見え、これが紫野今宮神社の参道(今宮門前通り)。

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今日は暑いので参道を途中で右折、一休さんが再興した広大な大徳寺境内に入る。夕暮れも近づいてやや薄暗く感じる境内の生垣に小さな視線を感じた。
PHOTO:SONY ALFA NEX-5N + SONY E 50mm/f1.8 , SIGMA DN E19mm/f2.8 DN E 30mm/f2.8
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八月の二月堂 夏/東大寺 | SONY NEX-5N

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外国人でにぎわう東大寺の参道をそれ、鹿をかき分け若草山方向へ。

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遮るものがない奈良公園の緑と鹿フンのフィールドを横切るとようやく手向山に向かう森の道。

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手向山の八幡さんあたりはいつも静か。だけど、すぐ隣の三月堂、そして↑二月堂には人の姿が途絶えない。

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でも大仏殿ほどの賑わいはないので、ここまで上がってくる人はやはり少数なのかな。

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実は自宅裏の公園からはこの二月堂が奈良盆地越で見えるのだけれど、二月堂からその公園がどこなのかまだ判別できていない。

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まあ、そんなことはどうでもよい。二月堂の横手にある古い建物の休憩所「茶所」のさらに上、

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ここに上に上る階段があって、その先にお堂がある。

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日陰と言えども結構暑くて、どんな由緒あるお堂なのか確認する元気も無し。

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その階段にしゃがみ込んで↑二月堂の屋根を眺める。そういえば、二月堂は「上から眺める」って感覚があまりない。

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さあ、帰りはいつもの大佛道。ここを降りて、大仏殿の横を抜け、
鹿と外人でにぎわう参道を戻り、国立博物館前のバス停まで歩く。
PHOTO:SONY ALFA NEX-5N + SONY E 50mm/f1.8 , SIGMA DN E19mm/f2.8 DN E 30mm/f2.8
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ギャラリ蚊蜻蛉(カトンボ)
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