蚊蜻蛉おやじの影撮り草子 かとんぼ

か弱くも空を飛ぶ蚊蜻蛉(かとんぼ)オヤジがあっちこっちで撮った写真をアップしています。(管理人:TAAさん = KATOMBO-OYAJI)

山科区

安祥寺川を上り山を越えて日向大神宮へ/山科(京都一周トレイル)

※このブログの写真はすべて、クリックすると拡大表示いたします。
山科(京都)の毘沙門堂を後にし、安祥寺川に沿って山道を登る。

HYUGA_YAMASHINA-7230

↑この道標は安祥寺川沿いにあった最近のもんだけど、矢印はいつ頃から使われるようになったんだろう。

HYUGA_YAMASHINA-7235

矢印は大発明じゃないかと思う。こんな簡単な記号で重要な情報が表せるんだからね。

HYUGA_YAMASHINA-7238

山を一つ越して谷に降りると「京都一周トレイル」の道標が沢山登場し迷うこともない。

HYUGA_YAMASHINA-7242

ちなみに先ほどの6分岐道標の場所は「七福思案処」というようだ。昔は7本あったのか、それともそこに留まるのも一つの福なのか・・・。

HYUGA_YAMASHINA-7250

もう一つ山を越えるとそこは日向大神宮。京の伊勢とも言われるらしい。さて、ここから地下鉄蹴上の駅はすぐそこだ。
※このブログの写真はすべて、クリックすると拡大表示いたします。
PHOTO:ニコンNikon1 J1 +  1NIKKOR 10 f2.8 / 1NIKKOR 18.5mm f1.8 / FT1 + AF-S 35mm f1.8

天台宗京都五門跡 毘沙門堂(びしゃもんどう)/京都山科 | NIKON1

※このブログの写真はすべて、クリックすると拡大表示いたします。
天台宗の宗祖で比叡山を開かれた伝教大師さんご自身が、789年に彫られたという毘沙門天さんがここのご本尊だそうです。

BISHAMONDO_YAMASHINA-10

山科の駅から山側へ、立派なお屋敷の並ぶ住宅街の緩やかな坂道を20分ほど上ると、ここ毘沙門堂に到着します。

BISHAMONDO_YAMASHINA-9

天台宗の五ケ室門跡。妙法院門跡・三千院門跡・青蓮院門跡・曼殊院門跡・毘沙門堂門跡の五ケ寺のひとつ。

BISHAMONDO_YAMASHINA-3

門跡(もんぜき)寺院というのは、門主(住職)が皇室或いは摂関家によって受け継がれてきたお寺のこと。

BISHAMONDO_YAMASHINA-7

まあ、そんなことをタブレットで検索しながら境内をウロウロ・・・と。

BISHAMONDO_YAMASHINA-8

最近、ど~しても気になるキツネさんです。

BISHAMONDO_YAMASHINA-6

なんか、呼ばれてるんやろか。
※このブログの写真はすべて、クリックすると拡大表示いたします。

BISHAMONDO_YAMASHINA-2

まあ、700年代よりあの最澄さんが直接関わり、しかも門跡寺院でもあり京都七福神の毘沙門天さんでもあり、↑あの紋所の主からも大事にされていたということなんでしょう。

BISHAMONDO_YAMASHINA-5

そうそう、キツネばかりじゃなくタヌキもおりました。

BISHAMONDO_YAMASHINA-4

とはいえ、やはり気になるのはキツネさんなのです。

BISHAMONDO_YAMASHINA-1

脈絡もなくダラダラといつものように書きましたが、この後、山科駅に戻るのも面白くないので、山越えで南禅寺の裏手まで歩きました。

※このブログの写真はすべて、クリックすると拡大表示いたします。
PHOTO:ニコンNikon1 J1 +  1NIKKOR 10 f2.8 / 1NIKKOR 18.5mm f1.8 / FT1 + AF-S 35mm f1.8

力強さが充満する冬景色に諭される老人 / 勧修寺*京都市山科区勧修寺仁王堂町(かじゅうじ ※町名はかんしゅうじ) 

※このブログの写真はすべて、クリックすると拡大表示いたします。
歩いていると、吸い込んだ息で鼻孔がひりひりする日だってあるわな。

KANSHUJI_YAMASHINA-1

ハスの花の枯れたのって風情があるけど、この冬の終わりまでこうした姿をかたくなにとどめているには何か訳がありそうだ。

KANSHUJI_YAMASHINA-2

朽ちているという感じではなくて、枯れた姿にあえて変身して、冷たい水面にその影を映しているような。

KANSHUJI_YAMASHINA-3

なので体をくの字に曲げ彼らは弱々しくはなく、むしろ凛としているようにしか見えない。

KANSHUJI_YAMASHINA-4

石の仏さんは仏さんで、本来この空気の冷たさなら相当石には冷たさがこもり、いやそんな言い方はないけど、

KANSHUJI_YAMASHINA-5

触ると著しく触った動物の体温をその石の体内に吸収しそうではある。それは物理的には正しい。

KANSHUJI_YAMASHINA-6


でも、森の中でこうして出会う仏さんは、この凍えるような空気の中ではむしろ、余裕ありげな温かみをもってそこにあるような気にさせる。

KANSHUJI_YAMASHINA-7

裸の樹は潔い姿で決して打ちひしがれても縮こまってもいる様子ではなく、むしろひび割れが広がるような力強さで空(くう)にしがみつこうとているよう。

KANSHUJI_YAMASHINA-8

厳しい冷気が支配する静で閑な日はかえって、音のない躍動感が空気にあふれているのに気付く。自分の部屋でこもるにしても、寒さに萎えて留まるのではなく、何かに備えて時を成熟させるために限り(^_^;)許してもらえそうな、そんな心地よいおプレッシャを感じたりもするのである。
PHOTO:SONY NEX-5N + SIGMA EX DN E 19mm,30mmほか

大石内蔵助ゆかりの地をゆく 岩屋寺(いわやじ)・山科神社/京都府京都市山科区 曹洞宗 | NIKON 1 J1

※このブログの写真はすべて、クリックすると拡大表示いたします。
さて、大石神社を出て山懐沿いに南へ針路をとります。少し行くと↓こんな石標があって山のほうへ誘います。

IWAYAJI_YAMASHINA-8

「大石大夫閑居址」とありますね。コトバンクによれば閑居とは「世俗を逃れて心静かに暮らすこと。また、その住まい」だそうです。それから大夫って「ダイブ」なの潜るってこと。なのでひっそりと潜伏する住処と訳せます(^_^;)

IWAYAJI_YAMASHINA-7

見晴らしが良いです。山科の盆地が広がっていますよ。結構良い場所に住んでおられたんですねぇ。

IWAYAJI_YAMASHINA-6

ここ岩屋寺(いわやじ)は、とてもよく整備清掃が行き届いてとても清々しい気持ちになれるお寺です。

IWAYAJI_YAMASHINA-5

自宅の草ぼうぼう荒れ放題の庭と比べると、いや比べることに何の意味もない・・・。

IWAYAJI_YAMASHINA2-4

ここはウィキペディアによれば「大石寺とも称される。 本堂には、本尊の周りに赤穂浪士・四十七士の位牌が並べられている。 また、大石良雄が使用した文机や鍵付き貴重品箱などの遺品が保管、展示されている。」んだそうですよ。

IWAYAJI_YAMASHINA-3

やっぱりお稲荷さんは基本でしょう(^_^;) ↑岩屋寺の一角にあるお稲荷さん。

IWAYAJI_YAMASHINA-1

さて、岩屋寺のお隣は「山科神社」です。現在はこの上下↑↓の建物しか残っていないそうですが、往時は相当の規模を誇ったようです。

IWAYAJI_YAMASHINA-2

ここも大石内蔵助が「大願成就」を祈願した場所だそうです。密かに会社でクーデターを企てている方は一度訪れてみたいパワースポットではないでしょうか。
PHOTO: Nikon1 J1 + 1Nikkor 10mm/18.5mm

大石良雄(内蔵助)を祀る大石神社/京都市山科区  | NIKON 1 J1

※このブログの写真はすべて、クリックすると拡大表示いたします。
散り際の潔さを桜にたとえてほめたたえたりするけども、赤穂浪士って桜というよりむしろ山茶花のようではないのかと思います。

AKOUROUSHI_OHISHIJINJA_YAMASHINA-5

冬の寒い中で一所懸命に命を削って花を咲かせ、ようやくその色合いがあでやかになるこの季節、春の訪れを待たずに霜降る地面に花びらを散らせる・・・。

AKOUROUSHI_OHISHIJINJA_YAMASHINA-3

皮肉にも世は元禄文化の春真っ盛り、いまどき珍しい武士道だ忠君だと大騒ぎの花見の衆。でも元禄のテロリストが手に入れられたものはお家再興でも再仕官の道でもありませんでした。

AKOUROUSHI_OHISHIJINJA_YAMASHINA-1

庶民は、虐げられた者の権力者への仇討で欲求不満解消、権力側は忠君思想の維持と、忠臣蔵は多くの国民に支持されてきました。ビジネス的にはプロジェクト管理やリーダシップという側面もあるかもしれませんね。

AKOUROUSHI_OHISHIJINJA_YAMASHINA-2

当時のお上からすると、不公平と批判されたとはいえ公式な裁定を、警戒しつつもテロでひっくり返されてメンツ丸潰れ。武家にも町人にもあったモヤモヤのたまった袋を、赤穂浪士に切りほどかれたって感じ。そういう意味では統治や危機管理もテーマですか。

AKOUROUSHI_OHISHIJINJA_YAMASHINA-4

それに恋愛や活劇の要素も加え物語は充実感たっぷりのコンテンツに仕上がっているんですねぇ。素晴らしいです。ファラベラ・ミニホースの花子ちゃんもうなずいてます。
PHOTO: Nikon1 J1 + 1Nikkor 10mm/18.5mm



働く女性の守り神 折上稲荷神社 (おりがみいなり)/山科区 <Nikon1 J1>

※このブログの写真はすべて、クリックすると拡大表示いたします。
写真ブログのような観光ブログのような、フォトエッセイのような神社仏閣コレクションのような・・・そんなあいまいな雰囲気でTAAさんは今日もさまよう。

YAMASHINA_ORIGAMI_INARI-2

で、お稲荷さんはなんか好きなんですけど、今日は京都市山科区の折上稲荷神社(おりがみいなり)であります。「稲荷大神が最初に降りられた根源地であり約1500年前の姿をとどめています」と折上稲荷さんのホームページにあります。

YAMASHINA_ORIGAMI_INARI-5

山科は京都盆地の南東側にくっついたようなこれまた小さな盆地ですが、京都伏見区との壁になっている西方の山が「稲荷山」。そうです、伏見稲荷と稲荷山を挟んで対角の位置にあるのがこの折上稲荷さんなのです。

YAMASHINA_ORIGAMI_INARI-3

主祭神「倉稲魂神(うかのみたまのかみ)」はご存じ通称お稲荷さんで、あてられている字のイメージ通り「穀物や食べ物」の神様で女神とも言われています。でその使いが狐さん。

YAMASHINA_ORIGAMI_INARI-6

自分が稲荷神さんだったら使いにくそうなキツネより愛犬と同じトイプードルを使徒にしますけど、もしそうだったらお稲荷さんのイメージもだいぶ変わっていたでしょうね。いやいや人懐っこさよりツンとした取っつき難さのほうが神の使いらしいか。

YAMASHINA_ORIGAMI_INARI-7

つまらん話はさておいて、伏見稲荷と同じく1500年の歴史を持った稲荷神社だそうです。倉稲魂神(うかのみたま)さんのもとで、大昔からこの一帯は食うに困らない豊かな地であったのでしょうね。

YAMASHINA_ORIGAMI_INARI-4

孝明天皇の名前は幕末動乱期の話によく登場しますね。この頃宮中の女官に病気がはやったのですが、折上稲荷さんに祈祷するとたちどころに回復、爾来折上稲荷は「働く女性の守護」として有名になったそうです。

YAMASHINA_ORIGAMI_INARI-1

「現在、女性社長、起業家からОL 、また女優や女性芸能人、女性タレントがお忍びで参拝されます。」と折上稲荷のホームページにありました。あー、あなたの折上稲荷になってあげたい・・・。

YAMASHINA_ORIGAMI_INARI-10

山科は現在の交通機関では山を回り込む感じでなんだか遠く感じます。ところが、先ほどの稲荷山を含むさほど高くない丘陵はハイキング程度の気軽さで越えられそう。そこは今熊神社、東福寺、泉涌寺、伏見稲荷などが立ち並ぶ伏見で、当時のアクセスからすればお隣感覚ですね。

YAMASHINA_ORIGAMI_INARI-9

さて時は元禄、ある有名なエピソードにここ山科の地名が出てくるのですが・・・そう、忠臣蔵です。あの大石内蔵助が江戸へ上がる前、浅野家再興工作などをした場所。確かにここなら目立たず都へのアクセスもグッド!ナルホドな隠遁場所ですね。

YAMASHINA_ORIGAMI_INARI-8

折上稲荷さんのご利益は、食べることに困らないだけではなく、働く女性の守護、お宝、そして知恵などなど盛りだくさん。徒歩では結構かかりますので自家用車かバス(京阪)をうまく使うのがお薦めです。さて、もう少し稲荷山麓へ近づいて、大石さんゆかりの地でも散策してみましょう。
PHOTO: Nikon1 J1 + 1Nikkor 10mm/18.5mm



ギャラリ蚊蜻蛉(カトンボ)
  • 【最終回】桂離宮 /京都市西区桂
  • 【最終回】桂離宮 /京都市西区桂
  • 【最終回】桂離宮 /京都市西区桂
  • 【最終回】桂離宮 /京都市西区桂
  • 【最終回】桂離宮 /京都市西区桂
  • 【最終回】桂離宮 /京都市西区桂
  • 【最終回】桂離宮 /京都市西区桂
  • 【最終回】桂離宮 /京都市西区桂
  • 【最終回】桂離宮 /京都市西区桂
  • ライブドアブログ